高橋和博

「なかなか終わらない撮影現場」


私は映写技師をしている。その関係から、現場でよく吉岡と一緒になる。その時も私が映写、彼が字幕投影で来ていた。

六本木のオリベ・ホールだったと思う。

休憩時間だったか、吉岡が話しかけてきた。「まだどうなるかわからないんだけど、京都の学生が井土と一緒に映画を

撮りたいと言っている。井土は乗る気なんだけど、撮影期間も短いし、上映の日程まで決まってるんだ。」そんな内容

だった。私は即答した。「文平さん,やめた方がいいよ。絶対にやめた方がいい。」

『第一アパート』では肝心の“第一アパート”が取り壊されていたというハプニングがあり、松坂ロケで撮影されたラスト

シーンに、井土・吉岡は納得がいかず、その後追撮を繰り返した。『百年の絶唱』で私が参加したのは撮影が一時中断し、

その後の追加撮影からだった。『レフト・アローン』はその時期パイロット版で何度か上映されてはいたものの、井土・

吉岡は編集を繰り返し、完成には至っていなかった。納得がいくまで編集をし、足りないものがあれば追加撮影をすれば

いい。どんなに時間がかかってもかまわない。私の関わってきた井土・吉岡の作品はそんなやり方で作られてきた。

“期日”のある作品なんて絶対に出来るわけがない。私はそう考えていた。「やっぱり俺も行かないとだめだろうなぁ、

行かないとだめかなぁ、どうしたもんかねぇ。」吉岡は笑っていた。

私は次の映写の準備に取りかかった。


私の予想は見事に外れ,その年の秋『蒼ざめたる馬』篇は京都国際学生映画祭で特別上映された。その後、話しはどんどん

膨れ上がり、マユミを主人公に東京篇、伊勢篇を撮るという事になり、2004年8月、私は東京篇『複製の廃墟』に参加する

ことになった。その撮影は8日間程行われたが、クランク・アップには至らなかった。取りこぼしたシーン,追加のシーン

のため、一年後の2005年7月に追加撮影が行われた。マユミのアジトの追加シーンでは監督から、あるアイデアが出され

た。撮影する部屋の広さ,構造から、少々難しいアイデアだった。私はある方法を提案し、撮影はその方向で行くことに

なった。

撮影前、仕事が忙しかった時期に伊藤君から電話があった。そのシーンの実験をしたいというのだ。私の頭の中でイメージ

はある程度出来ていたので、その必要はないと思っていたのだが、暇な伊藤君にはかなわない。実験をすることになって

しまった。映画美学校の教室で素材を撮り、私の会社の倉庫で実験をした。その実験では伊藤君がマユミ役をやり、私が

カメラを廻した。真面目な顔をして、カメラの前に立っている伊藤君をカメラ越しに見ながら、監督も「いいねぇ」と言っ

て笑っていた。

その後も実景撮りなどの追撮が重ねられた。井土・吉岡ぶりは いかんなく発揮され、ついには井土・吉岡・伊藤・私の

4人という妙にぎこちない追撮まで行われ、『複製の廃墟』は完成した。


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