野崎有紀

「変身」


記憶力がよいほうではないけれど、「朝日のあたる家」のクライマックスシーン撮影日前夜、だったと思う。女の子会議

が合宿のある一室で開かれていた。お題は、「あの真っ赤赤のブラジャーとパンツを、堀田さん(ナオコ役)は本当に

つけなくてはいけないのか」。助監督を務めていた私に、泣きそうな顔で堀田さんは訴えた。「あれ、やっぱり着なく

ちゃだめかなあ……。これ、私の私物なんだけど、こっちじゃダメ?」。

今でも私はその2種類の下着がどんなものだったかだけは、はっきり覚えている。その2種類の下着はまるで、ナオコ

という役柄と、その役柄を演じる堀田さん自身の明確な対比になっていたから。

「みんな海でビキニきてるんだから、ビキニとおんなじだと思えばいいよ」なんて、切実な訴えを私は軽く流してしまっ

た。もちろん、ここで下着変更となると色々と面倒がおこってくるから嫌だな・・・という気持ちがあったわけだが、

どこかでこうも思っていたような。つまり、「私物の下着じゃあ、ナオコになれないでしょ」。

「朝日のあたる家」の一番の驚きはこの堀田佳世子の変身だった。普段の彼女はいつも恥ずかしそうにしていて、控え目

のおとなしい天然キャラ。なのに、ナオコという役柄は、男を利用したりしながら上を目指したこともあったが、結局

やるせない社会に不満を強く抱きはじめてしまったスレたキャラ。あまりにも自分と役とのギャップが激しかったのか、

リハーサルをしてみても、堀田さんのお芝居には力が入り過ぎてしまい、声が大きすぎて地鳴りがしたほどだ。大丈夫

なの?? と本気で心配した。

堀田さんをナオコ役に推したのは井土監督だった。「合ってないほうが面白い。この子の奥底には何かが眠っているって

感じた」から。

監督はリハーサルでいつも堀田さんに怒り、怒鳴り散らしていたが、みるみるまに堀田さんはナオコとなっていき、もの

すごい存在感を発揮していった。彼女は映画の中で生きていた。もちろん真っ赤赤の下着も身につけ、堂々と演じきった。

何が一体おこったのか。堀田さんの知らなかった自分が呼び覚まされたのか、それとも、全くの他者を演じきったのか。

本人には確かめていない。

でも、私は密かに想像している。今では真っ赤な下着をつけ、夜眠っている堀田佳世子を。


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