岡藤真依

「3年前のこと」

はじめに。

私はこのメイキング撮影でさまざまな人と出会い、さまざまな経験をさせていただきましたが、それらを全部書くとなると

とてつもなく長くなりそうなので、今回は監督井土紀州さんに的を絞って書いていこうと思います。

まだ私が京都でたらたらした学生生活を送っていた頃、サークルの先輩から「今度、京都で井土さんが撮る映画のメイキン

グを担当することになった。カメラで来ないか」と誘われました。私は、ああ面白そうだな。ぐらいの軽い気持ちで参加し

ました。

そこで私は井土紀州監督に出会いました。私は、後にも先にもこれほど“まっすぐで力みなぎる ぎらぎらした男性”を

みたことがありません。

この時、井土さんの映画には たくさんの若者が関わりました。最初は皆 自信がなく、初めての経験で戸惑いをかくせない

不安げな表情でした。しかし井土さんに触れ合って、一緒に映画を作って行く過程で、どんどん顔つきが変わっていき、

成長していったのです。舞台裏もまさに映画のようなドラマが 展開されていたわけです。誰もがこう出来る訳ではないと

思います。カリスマ性というのでしょうか、最後は皆疲れ果て、泥のようになっていたのに誰一人逃げ出す者はいませんで

した。

私は井土さんの魅力がそのまま作品の魅力にもつながっているように感じます。

はっきりとした強い意志とメッセージ。

言わなければならない。伝えなければならない。全身からみなぎるものがそのまま映像化されているような…。

たらたらした学生生活をおくっていた私には 味わうことのない真剣な生き方。この邂逅は私にとってものすごく重要な

出来事でした。


「初めての井土紀州」

“「蒼ざめたる馬」スタッフ顔合わせの撮影”

これが、メイキング班として私に課せられた最初の撮影でした。

ずらりと並んだ学生スタッフ。皆ガチガチに緊張しており不安げな表情です。

それをしっかり 手ぶれに気をつけながら撮る私。

しばらくして監督の井土紀州さんが登場。

衝撃です。

私はかつてこれだけのオーラを放つ人を見たことがありませんでした。

漫画でよく“じゃーん”と登場するシーンがありますがまさにそれ。

井土さんは「どうも、井土です」とものすごく不機嫌そうに言って、どかんと椅子に腰掛けました。

もうそれだけでビビってしまい、カメラを向けるのをためらうほどでしたが、

ここは撮らねばいかぬと 井土さんに接近しました。

が、すごい眼力でギロリとにらまれてしまいました。

この時初めて、私は蛇に睨まれた蛙 を身を以て体験したのです。

「怖い、怖すぎる!!」

これが私の井土さんの第一印象でした。


「つわり」

2回目の撮影は、クランクイン直前で 時間に追われながら必死に準備をしている学生スタッフたちの記録でした。

その撮影で、私は重要なミッションを与えられていました。

「井土紀州の脚本執筆の現場を撮ってこい」

前日に睨まれ、完全にカメラを向けることを拒否された私にはすこぶる酷な指令でしたが、撮らねばならぬと腹をくくり、

まず、東京から来ていた吉岡さんに 話をしてみることにしました。吉岡さんは学生時代から、井土さんと映画を作られて

いると伺ったからです。

吉岡さんは本当に本当に温厚な話しかけやすい方で(実は井土さんより怖い方だったことは後から知ったのですが……)

井土さんに撮影してもいいか尋ねてくださいました。

「撮影してもいいって。けど静かにね」

私はそーっとそーっと近づいて、ふすまの隙間からそーっとカメラをむけました。

井土さんからは何か出ていました。

なんびとたりとも近づけない「気」を発散して、机に向かっていました。

私は自分の鼓動の早さでカメラがぶれないよう必死に押さえていました。

ここで真のドキュメンタリストは突撃取材を行っていたでしょうが、へたれの私は、ただその現場を遠まきから撮影する

ことしか出来ませんでした。

と突然井土さんが立ち上がり、トイレに駆け込んでいきました。

追いかける私。トイレからは何かえずいているような音が聞こえます。

「大詰めの時は、結構ああなんだよ。もうすぐ書きあがるんじゃないか」

吉岡さんが教えてくれました。

トイレから出てくる井土さんを だいじょうぶか? とねぎらう吉岡さん。

作品は子供のようなものと、多くのクリエーターが言っています。

生みの苦しみというのでしょうか、私は、男の人のつわりをそこで初めて見ました。


「最後の夜」

それから何度かメイキング撮影に出向き、相変わらず私は監督に睨まれ続けましたが、なんとか与えられたスケジュールを

こなすことが出来ました。

そしてクランクアップ後の打ち上げの席で、初めて私はカメラ越しではなく、井土さんと向かい合うことになりました。

「今日は撮影しないの?」

「はい。今日は撮らないことになっているんです」

「いつも、撮ってる場所が悪いよなって思ってたんだよ」

びっくりしました。

普通自身の映画の演出でいっぱいいっぱいのはずなのに、メイキングでうろちょろしていた私にまで気がいって、冷静かつ

的確な判断を下していらっしゃった……。

井土さんはどこかいつも全体を見ているというか、傍観しているような気はしていましたが……。私は睨まれているのでは

なく観察されていたのです。

なるほど、こういう風に井土さんは世界を大きく見据えて作品を作っていっているのだな。改めて井土紀州監督はすごい人

だと感じた瞬間でした。

その夜は、本当に和やかで楽しい宴でした。キャスト、スタッフ同士はなれがたく去りがたい。もう少しこのままでいたい。

そんな気持ちで部屋は充満しています。

大勢が全力で1つの物事にむかって前進する。それをなし終えたときの充実感と連帯感。

ああうらやましい。私もスタッフとして参加してみたい。疲れてはいても、本当にいい顔をしている学生スタッフをみて

いると、心の底からそう思いました。

すべての現場がこうであるとは限らないと思います。

キャスト、スタッフ皆の努力と、監督:井土さんの魅力がそうさせたのです。

それはおのずと作品にも反映されていると、私は思います。

えらそうにだらだらと書いてしまいました。まだまだ書き足りません。

しかし私には、胸にあるもやもやとした“伝えたいこと”をうまく表現できません。井土さんはそれを「映画」という表現

方法で発表し、いろいろな人に影響を与え続けている。

どっかり座って、タバコをぷかぷかさせながらスタッフの話に耳をかたむける井土さんはとてもにこやかで、怖い人と勝手

にびびっていた私はとても浅はかな人間でした。

最後に。

私が「井土さんの眼鏡かっこいいですね」と馬鹿なことを言ったとき

「そう? なかなかこのデザインないんだよな」とニカッと笑った顔を見て、小学校の時人気者だったMもこんな顔をよく

たな、と思いました。

永遠の少年っているんです。


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