文責:桑原広考  

1984年

三重県立松阪高校で同じクラスとなった井土紀州と吉岡文平は、文化祭の出し物として1本の映画を作る。これをきっかけに、井土と吉岡は映画制作に夢中になり、その後高校在学中に合計5本の映画を作ることになった。

1991年

上京し、法政大学に進んだ井土と吉岡は、それぞれ別の映画サークルで活動していたが、再び一緒に映画を作ることを決める。そこに当時井土が所属していた自主上映団体「シアターゼロ」の後輩・高橋和博がカメラマンとして参加することになり、この年の5月に『第一アパート』の撮影が始まる。出演に、現在も映画作家として活動する本田孝義。

1992年

9月

『第一アパート』はこの年の夏頃完成。吉岡の所属するサークル「F・M・C(フィルム・メイキング・クラブ)」主催で、9月18日から22日の5日間、法政大学学生会館15番ホールで上映される。

1993年

2月

第5回東京学生映画祭に『第一アパート』を出品。審査員であった崔洋一監督に絶賛され、特別賞を受賞。

大学卒業後、アテネ・フランセ文化センターの映写技師となった井土は、この頃、ピンク四天王(佐藤寿保・佐野和宏・サトウトシキ・瀬々敬久)と出会い、当時同じくアテネフランセ文化センターのディレクターだった安井豊と共に「新日本作家主義列伝」という連続上映を企画する。ここでの出会いが、のちに佐野和宏・葉月螢の『百年の絶唱』出演へと発展する。(また、井土は瀬々敬久との出会いから、その後ピンク映画のシナリオを書き始めることになった。)

1994年

京都在住の映画作家野上亨介の企画により、『第一アパート』が京都朝日シネマにて上映される。またこの頃から『百年の絶唱』の構想がスタートし、シナリオが書き始められる。

『百年の絶唱』構想が進む中、撮影で参加を予定していた高橋が諸事情により、一時映画制作から離れることになる。また、シナリオ作成が難航し、詩人の松本圭二よりアドバイスを受ける。

1995年

8月

幾度もの改稿を経て、『百年の絶唱』のシナリオが完成。8月、明大前・松本圭二邸にてクランクイン。撮影開始時のメインスタッフは、井土と吉岡に加えて、シアターゼロから松岡亮、F・M・Cから中澤純子、馬見塚仁、そして照明の伊藤学。さらに、撮影として『第一アパート』京都上映で出会った西原多朱が参加した。1週間の撮影期間ののち、週末を使っての変則的なスケジュールで撮影は進められた。期間中、高橋がエキストラ出演のため現場を訪れ、この時初めて、その後「スピリチュアル・ムービーズ」を結成する井土・吉岡・高橋・伊藤の4人が一同に介すことになる。

12月

『百年の絶唱』撮影分のオールラッシュが行われる。このオールラッシュを踏まえて、改めてシナリオ構成が練り直されることになり、この間撮影が一時中断される。

1996年

井土・吉岡を中心とした新体制の下、『百年の絶唱』第二期撮影を開始。第二期撮影より、西原に代わって高橋が撮影を担当。

1996年
〜97年
録音技師の菊池信之、プロツールス・オペレーターの加藤智陽と共に『百年の絶唱』の仕上げ作業が行われる。アフレコ撮影であったため、台詞からSE、状況音に至るまで、全ての音が作り上げられた。またこの頃、井土が「スピリチュアル・ムービー」という着想を得、プロダクション名が「スピリチュアル・ムービーズ」と名付けられる。
1997年 この夏、関係者のみを集めて『百年の絶唱』の試写が行われる。青山真治、篠崎誠など同時代の映画作家の他、のちに『百年の絶唱』の宣伝・配給を担うことになるスローラーナーの越川道夫もこの試写に足を運んだ。
11月 第10回東京国際映画祭シネマプリズム/ビデオプログラム部門において、『百年の絶唱』が上映される。この上映によって初めて、『百年の絶唱』が一般の観客の目に触れることになった。(だが、この時は8mm上映ではなく、ビデオ上映であった。)
1998年 5月 4日。瀬戸内海に浮かぶ小さな島・佐木島で行われたスタジオ・マラパルテ主催のイベント「鷺ポイエーシス」にて、『百年の絶唱』特別上映。
『百年の絶唱』が渋谷ユーロスペースでレイトロードショー公開される。連日、ゲストを招いての上映に、客席は常に超満員の状態で、僅か8日間(5月16日〜22日。23日まで延長された)の上映にも関わらず、およそ1,000人もの観客を動員した。
この頃、故・中上健次が“路地”を撮影した16mmフィルムが発見され、高澤秀次氏がゲストの日に『百年の絶唱』と同時に上映される。
8月 5日〜7日。広島ステーションシネマにて『百年の絶唱』が上映される。
10月 24日〜27日。大阪・シネヌーヴォ梅田にて『百年の絶唱』が上映される。
11月
12月
東京・中野武蔵野ホールにて『百年の絶唱』が、『第一アパート』及び井土の脚本作品(『赫い情事』『禁じられた情事 不倫大股びらき』)とともにリバイバル公開される(11月28日〜12月11日)。12月4日には、ゲストである高橋洋氏と井土とのトークショーが行われた。
12月 19日〜21日。名古屋シネマテークにて、第12回自主製作映画フェスティバルのプログラムの一本として『百年の絶唱』が上映される。
1999年 3月 27日。福岡市で活動する自主上映団体・電ノコ二刀流の主催により、福岡市総合図書館映像ホール・シネラにて『百年の絶唱』『第一アパート』が上映される。
『百年の絶唱』の次の企画として、地方都市を舞台にした青春群像劇『ブルーギル』の構想がスタートし、井土と吉岡によってシナリオが書き始められる。
8月 青山真治監督の『路地へ 中上健次が残したフィルム』が製作される。この映画に、井土と吉岡は、それぞれ出演、制作担当という形で参加する。
9月
10月
9月27日から10月9日にアテネ・フランセ文化センターで行われた、“新世紀の日本映画”と題した特集企画「J-FRESH!」において『百年の絶唱』が上映される。
2000年 1月 福岡市総合図書館とスタジオ・マラパルテ主催による企画「A.D.2000/映画零年〜作家との対話」への出品を依頼され、『ヴェンダースの友人』を製作する。撮影はおよそ3日間。大阪にて、山本均氏とその友人たちへの取材を行う。
3月 福岡市総合図書館にて、『ヴェンダースの友人』が上映される。
新宿の酒場で、批評家の鎌田哲哉氏と井土が出会う。また、この頃、雑誌「映画芸術」誌上で、批評家のすが秀実氏と井土が対談する。
8月 和歌山県新宮市で毎年開催される“熊野大学”にて、『路地へ 中上健次が残したフィルム』が上映されるため、井土と吉岡も参加。そこに講師として来ていたすが氏・鎌田氏と再会する。ここでの雑談が『LEFT ALONE』の企画に発展することになる。
9月 22日〜24日。京都学生映画祭2000の中の“映画作家の原点”というプログラムにおいて、『百年の絶唱』『第一アパート』が上映される。
『百年の絶唱』が福岡市総合図書館の収蔵作品となり、これを契機に8mmから16mmにブローアップされる。これ以後は(一部を除き)全て、この16mm版が上映されることになる。
11月 10日。『LEFT ALONE』の撮影が開始される。早稲田にて、鎌田氏とすが氏の対談を撮影。
12月 1日。岡山映画祭2000にて『百年の絶唱』が上映される。
9日。早稲田大学にて、学生有志による『百年の絶唱』上映会とシンポジウムが行われる。
2001年 鎌田哲哉氏の誘いで、雑誌「重力」の創刊メンバーに井土が参加。
7月 20日。池袋にて、松田政男氏とすが氏の対談を撮影。
31日。早稲田大学サークルスペース移転阻止闘争の様子を撮影。
9月 13日。新宿にて、西部邁氏とすが氏の対談を撮影。
12月 15日。法政大学・学生会館にて、柄谷行人氏とすが氏の対談を撮影。
2002年 4月 17日。滋賀県草津市にて、津村喬氏とスガ氏の対談を撮影。
「重力01」発刊。井土と吉岡によるシナリオ『ブルーギル』が掲載される。発刊を記念して、4月19日にアテネフランセ文化センターにて、「重力」発刊記念シンポジウムと『百年の絶唱』上映会が行われる。
この頃から『LEFT ALONE』の編集作業が始まる。しかし、作業は困難を極め、遅々として進まず、試行錯誤を重ねる。
6月 17日。近畿大学の学生有志によるシンポジウム「今世紀の大学を考える」に井土が出席。ここで、早稲田大学のサークルスペース移転阻止闘争の主要メンバーである花咲政之輔氏と同席。
「重力02」の責任編集を井土が務めることになり、以後『LEFT ALONE』と連動する形で誌面作りが進められる。
2003年 5月 10日。「重力02」の発刊に合わせて、アテネ・フランセ文化センターにて『LEFT ALONE』(パイロット版1)が上映される。
7月 7日。新宿にて、花咲政之輔氏とスガ氏の対談を撮影。また、花咲氏が主宰する音楽団体・太陽肛門スパパーンに『LEFT ALONE』の音楽を依頼。
11月 2日。新潟大学新大祭において、新潟大学助教授・北野圭介氏と学生有志によって『LEFT ALONE』(パイロット版1)上映とシンポジウムが行われる。
9日。福岡市のREEL OUT映写室にて、『LEFT ALONE』(パイロット版2)が上映される。
16日。京都造形芸術大学人間館B1映像ホールにて、CINEMA ENCOUNTER SPACE主催によって『ヴェンダースの友人』が上映される。
2004年 2月 7日。大阪市のJUNGLE in→dependent theatreにて、グループ左狐によって『LEFT ALONE』(パイロット版2)の上映が行われる。
6月 5日。HOWS本郷フォーラムワーカーズスクールによって、『LEFT ALONE』(パイロット版3)の上映と討論会が行われる。
2005年 1月
2月
アップリンク・ファクトリーにて、『LEFT ALONE』の公開記念イベントとして『百年の絶唱』リバイバル上映が行われる。